赴任時、Y業務課長が業務部を不安げに仕切っていました。3月末でS業務部長が営業部長専属になったため部長はいないとのことでした。これは乱暴な人事です。部長空席のため、法人としての引継ぎや状況の確認ができませんでした。私のお手並み拝見です。これでは会社としての継続性や安定性が保持できませんので、急遽、T部長に業務部長をお願いすることにしました。技術部の部屋からなかなか出てきませんでしたが、2ヶ月後に業務部に席を移してくれました。

 はじめの数ヶ月の印象は、組織がバラバラだということでした。製造会社、営業会社、業務会社が連携せずに同居している感じです。

 さらに製造部は、キャラメル会社とチョコレート会社になっていて、互いに協力体制になっていませんでした。チョコが忙しくて、キャラが暇でも手伝う体制になっていませんでした。製造と包装、調整の連携もうまくいかず、仕掛品の山ができたり、手待ち時間の多発が常態でした。当時のH製造部長、Uグループ長を激しく叱責しました。花村部長は、熱意もあり、真面目で人柄のよい人間ですが、当時は、まだ自信がなく、部下に嫌われないように振舞っていました。「部下と相談するのではなく、部下に指示して下さい」と何度も注意しました。

 営業部は、函館と札幌の別々の営業方針で動いていました。函館にいるS営業部長に指示しても札幌のS所長には届きませんでした。札幌営業所では営業マンが定着せず、2014年4月、所長と営業事務員の2人でした。

 札幌の得意先を部長と所長で分割、本州方面も2人で担当していました。少ない戦力をさらに分散していました。不効率なので、本州を柴田部長、札幌は所長が全て担当するよう指示しました。この指示は、半年後に私が激怒するまで実行されませんでした。まさに面従腹背でした。

 業務部は、変化を好まず、これまでのやり方を踏襲する部署でした。歴代の業務部長が決めた方法を、環境が変わっているのにもかかわらず、愚直に続けている部署でした。工場内の従業員が相談にきても木で鼻をくくったような対応で、不親切極まりないと感じました。業者さんに、ありがとうの一言もないという有様でした。2人の若い従業員が涙を流しているのを何度も見ました。営業部と製造部の軋轢を涙で抗議していました。十分な教育なしに業務を任せたことによって給与支払のトラブルも発生してしまいました。

 書類の書けない品質保証グループ、機械調整のできない包装管理グループ、思わず天を仰ぎたくなるような状況でした。さらに部長同士のコミュニケーションが悪く、互いの悪口を私に言いつけることが多く、「これは会社ではない」というのが私の実感でした。

 それでも管理職からの報告を聞いていると、妙に耳障りが良いのです。業績不振の割にはノンビリとしていました。管理職間の意見の不一致も気になりました。そこでパートさんを含めた全従業員から話を聞くしかないと思い立ち、数人ずつ夜の懇親会(飲み会)を13回行いました。さすがに疲れましたが貴重な意見や本当の内部状況がわかりはじめました。「改善提案をことごとく無視される」「挨拶を返してくれない」など多数の意見をパートさんから聞きました。さらに隠蔽体質が最大の問題でした。管理職は、怒られないように報告する癖がついているようでした。続く…