お知らせ

2018年11月11日

大潟村あきたこまち生産者協会、涌井社長

 10月8日から10日にかけて秋田に行ってきました。川崎商工会議所、サービス部会主催「農業先進地、秋田から考える日本経済(特別視察会)」に参加しました。翌日、八郎潟干拓地、大潟村で(株)大潟村あきたこまち生産者協会の見学と涌井社長の講演を聴きました。涌井社長は、謙虚で、論理的で、パワフルで、わかりやすい説明に引き込まれてしまいました。講演の途中で全員が拍手した場面がありました。経営者として身につまされ、期せずして自然に全員で拍手していました。私は感動の余り震えていました! 「年齢のせいにしてはいけない」、「あきらめてはいけない」と大いに勇気づけられました。

 

涌井徹氏講演内容

 日本の農業の現状は、「農業人口が減る」「新規就労者がいない」です。今年から減反政策が廃止になりますが、生産量は増えません。米の消費は減り続けています。50年前、ピーク時1200万トンあった生産が、今は700万トンです。毎年810万トン減った勘定です。

 日本では米余りですが、世界で考えると猛烈な人口増で食糧が足りなくなるのは必定です。農地は増えていますが、肉の消費も増えており、飼料も含めて穀物の生産が追いつかないことが予想されています。穀物の主流は小麦ですが、米を小麦代替と考えれば、過剰生産ということはありえません。世界市場での価格も問題ありません。十分闘えます。

 日本の農業は生産集約型のモデルですが、加工や販売(輸出)を含めた6次産業化が解決策のひとつです。特に販売については、輸出により一億人の市場から百億人の市場への転換が必要です。弊社は、東京や福岡にも海外向けの事務所をかまえ、世界中の展示会に出品しています。実際にやってみると、海外で販売するには「認証」「言葉」が大事だということがわかりました。

 当地では八郎潟の干拓開始時に減反制度が開始されました。干拓地では米しかできないのに減反を余儀なくされました。生きるために減反制度を無視して生産したところ、「ヤミ米」扱いされるなど辛い時代が続きました。その状況を打開しようと開拓者の何人かで、「(株)大潟村あきたこまち生産者協会」を設立しました。米の販路を確保するためでした。法律の改正で自由流通米が認められ販売ルートとして独り立ちできるようになりました。さらに付加価値を生み出すために、東日本大震災後、「非常食」を開発、販売しています。さらに、米粉を利用して、パン、パスタなど小麦代替の食料品を開発、販売しています。これは、「グルテンフリー」商品で、現在、27品目に拡大しています。直近では甘酒も加工、販売を開始しました。セブンイレブン、コストコ、ライフなどの大手でも取り扱っていただけることになりました。

 10年ほど前に、米粉を使ったパスタやマカロニ(グルテンフリーの商品)を開発しましたが思うように売れませんでした。3年前のある日、出張で仙台の居酒屋で食事をしていたとき、隣席で、「ジョコビッチはグルテンフリーでも優勝した」との話が聞こえてきました。「これだ!」と瞬時に判断し調べたところ、オバマ大統領のお嬢さんも小麦アレルギーであることがわかりました。(欧米で需要がある!)そののち、まだ一般的でなかった「グルテンフリー」が雑誌でも取り上げられるようになり、各本面で積極的に発信を続けたところ弊社の商品がマスコミに取り上げられるようになりました。その後は大手スーパーにグルテンフリーコーナーが設けられるようになり、順調に売れるようになりました。最近では東京オリンピックに向けて大手ホテルの厨房から注文がくるようにもなりました。最先発で参入したので、今後も後発には負けないと思います。

 

【質問】どうしてうまくいったのか?

【涌井社長】タイミングが良かったからうまくいったのだが、いつも米を販売することを考え続けてるからうまくいったと思う。あきらめないのが良かったと思う(拍手)

 

【質問】上場は?

【涌井社長】もう70歳です。面倒なことはやりません。

 

【質問】後継者は?

【涌井社長】息子が会社で働いています。芸術家の子息は芸術家になるが、チャレンジャーの子息はチャレンジャーになりません(笑)